世の中のゆがみログ

世の中のいろんな歪みを見守るブログです。ただいま瞑想中

みんな違ってみんな良くない事くらい分かるようになろう。

大人は子供に言いました。

皆違って皆良いと。

 

しかしその言葉を聞いた子供は大人になり気づきました。

 

皆違って皆良くないじゃん!!ほげぇ!!と。

ルール (実業之日本社文庫)

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ここで問題です。1+1=?

 

?には何が入るでしょうか?

 

正解は2です。それ以外入りようがありません。

 

ドラマのガリレオみたいに1+1を書いても答えは2ですし、アインシュタインとかそういう昔の天才に聞いても多分1+1は2です。

 

それは何故か?

 

1+1=2だと決まっているからです。そうでなくては計算が成り立たないからです。

 

1+1=6と計算間違いをした人を褒める人なんていません。居るとしたらそれは馬鹿が馬鹿を褒めているだけです。

 

そう。世界の物事にはある程度正解があるんです。もっと言えば自由の上にルールがある。だからこそ世界は成り立ってるんです。

 

最近ツイッターとかを見ているとそんな事すら分かっていないような輩が多いように感じますが、これは最近流行の「皆違って皆良い」精神を都合よく解釈してしまった人達なんでしょう。

 

皆違って皆良いは次元が高い。

じゃあ「皆違って皆良い」ってなんなんだよ。と思うかもしれませんが、先ほどの1+1=6と答えた子が例えばこじつけでも理由を説明できたとすれば、それは「皆違って皆良い」なんです。

 

1+1=6です!だって皆違って皆良いから!じゃなく、

1+1=6です!だって棒が6本あるから!が皆違って皆良いなんです。

 

「皆違って皆良い」は言い訳の為に使っていいような言葉ではないし、ましてやルールを捻じ曲げるための言葉でもないんです。

ツイッターは魔境過ぎ

小学校の教員が飲食店の予約をドタキャンした事件でツイッターが荒れているのを見てこんな記事を書きました。

 

こういうのが本当に存在しちゃうんですよツイッターって。この店側が悪いと答えた12%の方は直感で判断しないで、まず他の事に置き換えて判断するようにするといいと思います。

 

少し今回の記事とは内容が違うように感じますが、

「悪い事は悪い」「良い事は良い」というこの世のルールの下でのみ「皆違って皆良い」は初めて意味を成すという事を覚えておきましょうって話でした。

 

ではまたんごまたんご。