世の中のゆがみログ

世の中のいろんな歪みを見守るブログです。ただいま瞑想中

都会が窮屈なのは死の檻が狭いから。

電車乗ってますか?

電車をホームで待つ時、皆さんは何を考えますか?

 

今であれば寒いとか、後は早く来ないかなとかあると思います。

 

ですがもう1つ誰でも考える事があるのではないでしょうか?

 

後2歩進んだら死ぬのかな。

 

他にも誰かに少し押されただけで、とか色々ありますよね。

 

そう考えると駅は日々使う物ですが、死に最も近い場所という事になりますから不思議な感じがしてきますよね。

 

まぁこんなオカルトみたいな文章を書いてみたんですけど、今回書きたいのは駅が不思議という事ではなく。上の2歩2mについて書きたいんです。

 

生活圏における安全地帯。

よく考えてみてください。歩道を歩いている時、急に車道側3mの地点にワープしたらどうなるでしょうか?

 

まず轢かれますよね。

 

僕が思うに、日本人が生活している中で安全な場所と言うのは実際自分がいる地点を中心に半径1m程度しかないのではないでしょうか?

 

歩けてはいても移動式の檻の中に入れられてるのと同じような物です。そりゃ皆窮屈に感じますよ。

 

だからこそ歩行者天国とか安全地帯が広がる場所は開放感があふれるんでしょうね。

 

勿論これは車に乗っていても同じことです。3m運転を間違えたら自分は死ななくても誰かが死ぬ可能性は非常に高い。ただ車の場合は自分の周囲に物理的な壁が出来ますから少しは安心できますけど、その周りにも死の檻が敷かれているのは間違いありません。

 

今は原始時代何かに比べたら安全ですが、それでも人は常に死と隣り合わせなわけです。自分の死か誰かの死かという違いはあれど常に周りには死が潜んでいる。

 

窮屈な世界から抜け出す方法について。

上でも書きましたけど、要は人は常に半径1m程の死の檻に囲まれているわけです。

 

ここから脱出する方法に関して具体的には分かりませんが、方向性としては。

 

何も無い場所に行く。

 

が正解だと思います。都会に行けば行くほど、死の檻は狭くなり、田舎に行けば行くほど死の檻は広くなるはずです。

 

もう鳥取砂丘とか行けば最強なんじゃないでしょうか。

鳥取砂丘学

鳥取砂丘学

 

という事で都会が窮屈に感じる方は是非田舎に出てみてください。

 

ではまたんごまたんご。