世の中のゆがみログ

世の中のいろんな歪みを見守るブログです。ただいま瞑想中

眠れない。

眠れない。

 23:50と表示されたスマートフォンの画面を見て、一気に憂鬱な気分に襲われる。今日もあの時間がやって来てしまった。僕が一番嫌いな睡眠の時間だ。同じ夜だというのに何故寝ようと思うと世界が終わるような気分になるのだろうか。よく思い出せないけど、明日は早く起きなければいけない気がする。確か6時半には起きなければいけなかった。となると0時には布団に入り、30分以内に寝なければいけない。明日起きるとまた憂鬱な日常が待っている。夕方という楽園までの長い道のりが。眠る事自体も憂鬱ではあるが、問題はその他にも山積みだ。世の中には眠る準備という物がある。まずは歯磨き。そして着替え。ここまではまだ楽な方だ。しかし、僕はトイレに行ってはいけないと思う程トイレに行きたくなる性分で、毎回睡眠の前は繊細な水分調整が求められる。この時、水を飲み過ぎれば睡眠を尿意に邪魔され、飲まなすぎると今度は喉の渇きに睡眠を邪魔される。本当に繊細な調整が必要なのだ。僕が導き出した答えは口一杯に水分を貯め、布団に入るまで徐々に飲んでいくという方法だ。この方法により、尿意からの攻撃を80%ほど防げるようになった。人類の英知が自身の生理的欲求に初めて打ち勝った歴史的な瞬間である。

 さて、眠る準備は終わった。今度は実際に布団に入り眠らなければいけない。口の中の水分を飲み干し布団を体にかける。まるで不安を体に纏っているかのようだ。いやしかし本当に大丈夫だろうか。今回の水分調整は上手く行っていただろうか。股間に意識を集中させると微かに尿意の様な物が感じられる。これは危ないかもしれない。即座に布団をはぎ取りトイレへ向かう。こういう時のトイレは大体出ない。出そうと力んでもほとんど出ず、結局この尿意は欲求を満たすことなく僕の股間に居座り続けるのだ。こんな事を気にしていても仕方がない。布団に戻ると枕もとの電子時計に00:05という文字が表示されていた。トイレに時間を割きすぎた様だ。だが25分以内に寝ればこの遅れは取り戻せる。自分に落ち着くよう言い聞かせながら再び布団を被り、アラームを設定して電気を消した。

 眠りを邪魔する物は尿意だけではない。窓が揺れている。枠に打ち付けられて音を鳴らしていた。これはまずい。今日は眠れないかもしれないという不安がよぎる。しかしこういう時の為に用意した物があった。耳栓だ。確か枕もとに置いておいたはずなのだが、こうも暗いとなかなか見つからない。いつもなら手の感触で見つける事が出来るはずが、今日は見つからなかった。電気をつけて探そうか。いや、今電気をつけてしまうとせっかく暗闇に漬けていた目が覚めてしまう。浅漬けだ。それだけは避けなければならない。それに時間も5分は過ぎてしまっただろう。僕の寝つきの悪さから考えてもう後戻りできない。後20分以内に寝るにはこのまま寝るしかないのだ。耳栓は諦めよう。その代わりとしてはあまりにお粗末だが布団を深く被り、外の世界を遮断する。

 布団を被ったはいいが、どうも体制が辛い。やはり仰向けで寝ようと思い布団から頭を出す。この体制が一番楽だ。人間寝るときは仰向けが一番なのだ。先ほどは気になっていた窓が出す騒音も今では夜のBGMの様に聞こえてくる。いい感じだ。このまま眠れるかもしれない。深呼吸をし、闇に身を沈める。しかし、そう上手く行くはずは無かった。5分ほどたったころだろうか、急に僕の閉じた瞼の扉が強烈な光によってこじ開けられた。驚いて空け為に月の光が突き刺さる。眩しい。先ほどまでは月何て見えなかったのに一体何故。不思議に思ったが空を見て納得した。雲が強風によって川の様に流れている。今日は曇りという事もあり、先ほどまで雲で隠されていた月が顔を出したのだろう。しまった。完全に予想外の出来事である。いや、カーテンを閉めればいいだけなのだろうがそれをするにはどうあっても起き上がる必要がある。もう体感では布団に入ってから15分は過ぎている。起き上がり光を遮断できたとしても起き上がる事により目覚めてしまった体を残り10分で眠りに誘う事など出来るだろうか。断言してもいい、確実にできない。ここは我慢して眠りに着こうとも思ったが、僕は明るい部屋では絶対に眠れない。絶対だ。これは仕方のない犠牲なのだ。例え5分眠るのが先延ばしになったとしてもすべき事だと割り切ろう。このままでは一生眠れない。幸い窓は頭の先に設置されており、布団から出ることなく閉める事が出来そうだ。よし、意を決して体を起こしカーテンの方を向く。カーテンレールが滑る音と共に何とかカーテンを閉める事に成功した。これで月の光に刺されることはなくなった。

 さて、ようやく眠れるぞ。その前にせっかく起き上がった事だし時間を確認しておこう。電子時計のスイッチを押すと怪しげな光と共に00:25言う文字が浮かび上がる。とその瞬間に枕もとが小さく震えた。これはまさか、と思った時にはもう遅い。スマートフォンから発せられる強烈なブルーライトが僕の顔を照らしていた。終わった。完全に終わった。もう今から5分以内に寝るなんてことは不可能だろう。光から逃げるように目を瞑るが瞼の中に光が忍び込んでしまったようだ。瞼に焼き付いて離れないとはまさにこの事を言うのだろう。暗闇の中に白い点の様な物が見える。それを押しつぶすように瞼を強く閉ざすが余計に白い点は広がっていく。どうしようか。まずは落ち着くべきだ。深呼吸して状況を確認する。確かにブルーライトの襲撃は受けてしまったがまだ目が冴えたと言う程ではない。そもそも睡眠時間は押していたのだし、気にせず眠ろう。再び横になり、後ろに手を伸ばし、未だブルーライトを照射し続けているであろう憎き敵をうつぶせにしてやった。どうだお前もうつぶせでは光れまい。

 これでようやく寝れる。色々と疲れたし予定よりは遅れるだろうがすっと眠れるかもしれない。だが、今夜寝れたとして明日の朝は何があるだろうか、寝惚け眼を擦りながら朝日を睨み、満員電車の恐怖に怯え、大して美味くも無い朝ごはんを口にかきこみ、玄関のドアを開ける。そんな毎日が待っているに違いない。誰が望んでそんな朝を迎えに行くだろうか。こんな事なら眠らず趣味に没頭し朝を迎えた方が随分と有意義ではないだろうか。そんな考えが頭を過るが、僕も所詮ただの人間。睡眠無しでは生きられない。世に居るショートスリーパーという連中が酷く妬ましく思える。もはや不公平とも言える。我々が1日の4分の1を捧げている睡眠という行為の割合を8分の1程度まで減らせるのだから。フェアプレーの精神はどうしたのか。奴らはスポーツマンシップを何だと思っているのか。不愉快だ。僕も寝る時間を短くしてみようか。と言う考えは中学生でも思いつく。そして中学生の時に実践した。高校生の時にも実践した。しかし人間どれだけ上手く環境に適応できても睡眠時間という物だけは変えられない。無理に変えようとすれば如実に負担が現れる。人は失敗から学ぶ。多くの偉人がそういう通り、僕もショートスリーパーになろうなんて寝言はもう言わない事に決めたのだ。危ない危ない。下らない考え事で時間を潰すところだった。私の目的は悪魔で寝る事なのだ。寝ない方法を考えるのは明日起きてからでも遅くない。そうだ、明日は………………………

 っは。何が起こったんだ。寝てたのだろうか。よく覚えていない。意識が一瞬だけ途絶えたという事は分かるが、寝たという実感はない。どうしようか。このまま寝ようか。しかし、股間に居座っていた尿意も起き上がり攻撃を仕掛けてきている。このままでは寝れない。最悪の展開だが、トイレに行こう。ついでに時間も見ればいい。まずは起き上がり時間を確認する。3:00と言う文字が浮かび上がる。これは最悪な展開だ。中途半端な時間に起きてしまうという事は即ち死を意味する。眠気も冷めてしまい、寝れず、起きる時間になってようやく眠気が襲ってくるという可能性があるからだ。もう仕方がない。寝る事はとりあえず忘れてこの絶えず襲ってくる尿意から対処していこう。地に足を付けると頭にもやがかかったような感じがする。目眩もひどい。こんな状態で用を足せるのだろうか。睡眠中にトイレに行く最大のデメリットは何といってもトイレに行って明るい部屋で用を足さなければならない事だ。電気を付けなければ次に暴れるのは尿意だけではなくなってしまう。

 とりあえず足を引きずりトイレまで移動し灯りをつけた。やはり眩しい。初日の出や青春の一ページよりも眩しいものを聞かれたら迷わずトイレの灯りと答える。目を細めながら白濁色の洋式便器に腰を下ろした。冷たい。るで便器が座られることを拒否してるかのように冷たい。そもそも便器というものは座られるためにあるのだ。それが拒否するとは一体どういう事だろうか。いや世界は往々にして僕に冷たい。ならばこの便器も世界の一部なら冷たいのは当たり前なのかもしれない。段々と便器も温まってきた。尿意が体の中を駆け巡り頭を突き抜けると、決して上品とは言えない音が聞こえてくる。ふぅ、すっきりした。しかし束の間の休息も夜の闇に覆い隠されてしまう。今から寝るのだ。そう考えるだけで憂鬱になる。寝れなかったらどうしようか。明日の朝寝坊したら。もし一日中眠かったら。そんな不安が体に纏わりついてくる。一生トイレで暮らしたい。そう思ってしまう程、ここは居心地がいい。ここでならすぐに眠れるかもしれない。だがここで寝れば体を痛めるのは必至。究極の選択だ。まぁ僕がこの年になってもトイレに住んでいないという事は答えはそういう事なのだろう。愛しいトイレに別れを告げる。最初は冷たい奴だが、慣れれば温もりのある良い奴だ。冷めきった現代には無い人間関係をトイレは教えてくれた。

 少し覚めた体を休めるように布団に入る。今日はもう眠れないのだろうか。眠れないのかもしれないという不安と眠れなかったらという不安の板挟みにあっている。サンドウィッチの中のハムはいつもこんな苦痛を味わっているのかと思うといたたまれない。今度からはパンと別々に食べてあげよう。あぁ、サンドウィッチの食べ方に答えは出ても眠れるのかという問いの答えは出て来ない。気落ちもする。それも最高に気落ちしている。周囲の闇と僕の中の闇、どちらが深いか分からないくらいに気落ちしている。そんな闇の中に閃光の如く睡魔が襲う。これは、来た。遂に眠れる。そう思うと嬉しくて仕方がない。しかしここで喜びを見せたら睡魔にがっついてると思われてしまう。そんな事で睡魔に逃げられては仕方がない。ここは待つ。ただ瞳を閉じ、体を沈め待つ。そうすれば自ずと睡魔が近づいて来てくれるだろう。あれから5分は経ったか。来ない。全くと言っていいほど眠くならない。これはまさかがっついて欲しかった方だろうか。しまった、完全に対応を間違えた。今から睡魔にアプローチするという選択肢もあるが、それでは時間が足りない。寝れたとしても1時間半程だろう。やはりここは最終手段に出るしかない。ただ、ただ布団を被る。闇を求め布団を被る。深淵に晒された時、そこには新たな睡魔との出会いがあるかもしれない。言うなれば布団の中の暗闇は睡魔の出会い系サイトだ。ここで待とう。ワンナイトでも良い。もう寝れればなんでも良い。こういうと果てしなく破廉恥に聞こえるが、僕はただ寝たいだけなのだ。ただ寝たいだけ……ただ……寝たい……

 っは。何が起こったんだ。寝てたのだろうか。よく覚えていない。意識が一瞬だけ途絶えたという事は分かるが、寝たという実感はない。時計には2:00という文字が浮かんでいた。